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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)3077号 判決 2000年6月28日

奈良市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

田端聡

東京都中央区<以下省略>

被告

破産者山一證券株式会社破産管財人 Y

右訴訟代理人弁護士

吉田清悟

升田純

星隆文

濱田芳貴

的場徹

長谷一雄

福崎真也

佐藤高章

山田庸一

主文

一  原告が破産者山一證券株式会社に対し、東京地方裁判所平成一一年(フ)第三九三六号破産事件につき別紙債権目録記載一及び二の破産債権を有することを確定する。

二  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告が破産者山一証券株式会社(以下「破産会社」という。)に対し、東京地方裁判所平成一一年(フ)第三九三六号破産事件(以下「本件破産事件」という。)につき別紙債権目録記載三及び四の破産債権を有することを確定する。

第二事案の概要

本件は、破産会社の自主廃業が報道された日(平成九年一一月二二日)の前日に、破産会社の従業員から勧誘され、信用取引によって破産会社の株式(以下「山一株」という。)一〇万株を購入し、その直後に右山一株が無価値となり損失を被った原告が、破産会社の破産管財人である被告に対し、右損失は破産会社が簿外債務を隠蔽することなどの破産会社自身の不法行為により生じたものであり、また、破産会社の従業員が行った右勧誘は違法な断定的判断の提供に当たると主張(選択的主張)して、原告が破産会社に対して不法行為(民法七〇九条、同七一五条)に基づく損害賠償債権(遅延損害金の請求を含む。)の破産債権を有することの確定を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  当事者等

(一) 原告は、破産会社大津支店(以下「大津支店」という。)との間で、平成四年ころから証券取引を開始した一般投資家である。

(二)(1) 破産会社は、有価証券の売買等を業とする株式会社であった。破産会社は、平成一一年六月二日、東京地方裁判所において破産宣告を受けた(東京地方裁判所平成一一年(フ)第三九三六号)。

(2) A(以下「A」という。)は、破産会社の従業員であり、平成九年当時(以下、年月日については、特に記載しない限り平成九年を意味する。)、大津支店証券貯蓄課課長であった。

原告との取引は、破産会社の従業員であるBが担当していたところ、九月か一〇月ころ、AがBと交代して、原告の取引を担当した。

2  本件勧誘

Aは、一一月二一日午前一一時ころ、原告に対し、電話で、山一株を信用取引にて一〇万株購入することを勧誘した。原告は、「少し考えさせてほしい。」と言って、一旦電話を切った。原告は、同日正午過ぎころ、Aに電話をかけ、山一株の購入につき、再度やり取りが交わされた。その結果、原告は、山一株一〇万株を購入することとし(以下、右過程でAが原告にした勧誘を「本件勧誘」という。)、信用取引口座において、山一株一〇万株を単価九一円で買い建てした(以下「本件取引」という。)。本件取引の決済期限は、平成一〇年五月二一日であった。

3  各報道機関は、平成九年一一月二二日、破産会社につき、その経営破綻と自主廃業について大々的に報道した。破産会社の取締役会は、二四日午前、正式に自主廃業を決定した。破産会社は、同日、約二六四八億円の簿外債務の存在を公表した。

4  原告は、平成一〇年五月一八日、預託証券の強制処分を避けるため、本件取引の決済をした。右当時、山一株は上場が廃止され、反対売買を行う形での決済はできないこととなっていたため、原告は、同月二一日、八九四万三七五五円を支出して、山一株一〇万株を引き取った。

5  破産会社は、平成九年一二月ころ、営業休止に至った原因を明らかにするため、社内調査委員会を設置した。右調査委員会は、平成一〇年四月ころ、社内調査報告書(乙三)を作成した。右報告書には、本件勧誘前後の事情につき、概ね以下のとおりの記載がなされている。

(一) 破産会社は、平成九年一一月一四日、メインバンクである富士銀行から、担保の範囲を超える支援を断られた。破産会社代表者は、同日、大蔵省に対し、破産会社に約二六〇〇億円の含み損があることを伝えた。また、同日の時点で、同月二八日には二五〇〇億円の資金不足が生じることが予想されていた。

(二) 破産会社代表者らは、同月一九日、大蔵省から、自主廃業の選択を迫られるとともに、「飛ばし」及び簿外債務の存在について同月二六日に発表する旨告げられた。同日夜から翌日未明にかけて、破産会社において緊急役員懇談会が開かれ、そこで二千数百億円の含み損(簿外債務)についての報告がなされた。破産会社は、この段階では、自主廃業の選択には至っていなかった。

(三) 破産会社の顧問弁護士は、同月二〇日、東京地方裁判所に対し、会社更正について相談を持ちかけたところ、東京地方裁判所から、相談の受付を拒否された。なお、同裁判所の裁判官は、同弁護士に対し、非公式に会社更生法の適用は難しい旨告げた。大蔵省は、同日、破産会社代表者らに対し、同月二四日には「飛ばし」を公表し、業務停止する予定である旨告げた。

(四) ムーディーズ社は、同月二一日夕方、破産会社の社債格付のランクを投資不適格債の最低ランクまで引き下げることを発表した。

(五) 同月二二日、日本経済新聞の朝刊に、「破産会社、自主廃業へ」との記事が掲載された。破産会社のほとんどの従業員は、右新聞記事で初めて「自主廃業」という事態を知った。

(六) 破産会社は、同月二四日、臨時取締役会を開催し、自主廃業に向けた営業停止等につき決議した。破産会社代表者は、同日、記者会見を行い、簿外債務の存在を公表した。

6  原告は、本件破産事件につき、本訴請求債権の債権届出を行ったが、被告は、平成一一年一二月一五日の本件破産事件の債権調査期日において、右届出債権全額につき、異議を述べた。

二  争点

1  破産会社自身の不法行為の成否

2  本件勧誘が断定的判断の提供に当たり違法であるか(使用者責任)。

3  損害額

4  過失相殺

三  当事者の主張

1  争点1(破産会社自身の不法行為の成否)について

(原告の主張)

(一) 簿外債務隠蔽の違法性

(1) 破産会社は、一一月二四日まで、簿外債務の存在について隠蔽していた。このような簿外債務の隠蔽は、虚偽の有価証券報告書の作成、提出に当たるものとして、証券取引法(平成一〇年法一〇七号による改正前のもの。以下「証取法」といい、改正後の証券取引法を「新証取法」という。)一九七条に違反する。また、破産会社は、東京証券取引所の上場有価証券の発行者として、発行者の経営に重大な影響を与える事実及び上場有価証券に関する権利等に係る決定を、直ちに証券取引所に通告する義務(適時開示義務)を負っていた(上場有価証券の発行者の通告等に関する規則二条、同五条)。しかし、富士銀行から担保の範囲を超える支援を断られるなどした一一月一四日、大蔵省から自主廃業の勧告を受けるなどした同月一九日、東京地裁の裁判官から会社更生法の適用は難しいと言われた同月二〇日に至っても、破産会社は、簿外債務の存在及び極端な経営悪化の事実を取引所に通告せず、右義務に違反した。

(2) なお、簿外債務の存在は、後記被告主張のような「公知の事実」ではなく、業界内の疑惑程度のものであった。また、有価証券報告書において破産会社の簿外債務の全貌が明らかにされていたならば、本件勧誘以前に、報道機関が破産会社の状態について大々的に報道し、また、ムーディーズ社等の格付会社による格付もより早期に変更されていたはずであり、そうすれば、原告が本件取引を行うこともなかったのであるから、証取法一九七条違反と本件取引との間に因果関係はある。

(二) 勧誘回避義務違反

(1) 証券会社が自社株を勧めれば、その推奨根拠を顧客に開示する義務と、インサイダー取引をしてはならないという義務(証取法一六六条)との衝突が生じることになるのであるから、証券会社は、かかる義務の衝突をなるべく避けるべきである。更に、証券会社が、自社の情報を告げて自社株の勧誘を行えば、一般投資家としては、特別かつ確実な情報を提供されたものと思い込むのは必然であるから、そのような勧誘は、断定的判断の提供と同義の勧誘となり、一般投資家の投資判断へ著しい影響を与え、自己責任による投資判断を損なうことになる。しかも、証券会社が自社株の勧誘を自由に行えば、右のような顧客の信頼を利用して、意図的かつ不公正な株価操作(株価吊り上げ)を行うことは極めて容易である。

このような、インサイダー取引の禁止や断定的判断の提供の禁止(証取法五〇条一項一号)、株価操縦の禁止(同法一五九条)等の法意、証券会社の誠実公正義務に照らし、一般投資家に対する証券会社の自社株の勧誘は、原則として差し控えられるべきであるし、あえてこれを行う場合には、格別の配慮をすべきである。

(2) しかも、本件勧誘当時、破産会社は、数日中には破綻に至るおそれが極めて強い状況にあった。また、破産会社は、大蔵省から数日のうちに簿外債務を公表するむね宣告されており、右公表が破産会社の株価に決定的なダメージを与えることは明らかである上、このことについて、一一月一九日夜から翌未明にかけての緊急役員懇談会において、破産会社の役員全体が認識するところとなっていた。そして、このような状況下で破産会社従業員自身による具体的推奨根拠を述べての勧誘が行われれば、破産会社の真の内情を知る由もない投資家が、特別かつ確実な情報を提供してくれているものと誤信して、破産会社の株式を購入してしまうおそれは極めて強かった。更に、破産会社が従業員に対し適切な指示を与えない限り、破産会社従業員らが、買い支え等を目的として、懸命に自社株の勧誘を行うことは確実であった。

(3) これらの状況からすれば、破産会社において、最低限の投資家保護の措置として、遅くとも一一月二〇日までには、自社株の勧誘を慎むように社内的に指示をなす注意義務があった。

しかし、破産会社は、自社の再建可能性の模索のみを優先し、積極的に自社株の買い支えを行うため、社内においては、破産会社は再建可能であるとの情報を流し続けた。また、破産会社は、一一月二〇日の給与の前貸しという方法まで採って、破産会社の従業員にも自社株を購入させ、従業員に対し、買い支えのための投資家への自社株勧誘を強く動機付け、従業員をして投資家に対する懸命の勧誘を行わしめた。また、破産会社は、破綻のおそれが次第に強くなっていく中でも、右方針に全く歯止めをかけなかった。このことは、日本経済新聞において、日々公表されていた「主な手口」において、破産会社の自社株の「買い」が、他社のそれと比較して著しく突出していたことからも明らかである。

右のとおり、破産会社は、自社株の勧誘を回避する注意義務に違反した。なお、被告は、後記のとおり、破産会社の役員が公表前に従業員に漏らすことはインサイダー情報の提供となる旨主張するが、従業員に社内の実情を告知することは、何ら禁止されておらず、インサイダー情報の問題とは無関係である。

(三) 詐欺及び誠実公正義務違反

右(一)及び(二)で述べたことを総合的に考慮すれば、本件勧誘は、破産会社が簿外債務の存在や破産会社の実情を秘したまま、破産会社の特別な内部情報の提供であるかのごとき態様での自社株の勧誘を、従業員に行わしめたか、行われることを容認したものであって、これは破産会社自身による詐欺行為に他ならないし、証取法四九条の二が定める誠実公正義務に違反する違法な行為である。

(被告の主張)

(一) 簿外債務隠蔽の違法性について

(1) 簿外債務の存在については、数年前から経済雑誌等に「飛ばし」の記事が出ており、既に平成九年四月ないし六月ころから市場では公知の事実となっていた(乙一二ないし一四)。そして、百円を割る破産会社の株価には、当然にそのような市場関係者の疑念が折り込まれていた。

(2) 原告の証券取引は、有価証券報告書の内容を吟味してのものではないし、また、その内容が分析できるものではないから、証取法一九七条違反と本件取引との間に何らの因果関係もない。

(3) タイムリー・ディスクロージャーでは、市場の混乱を回避するためには、倒産前日まで倒産材料を公表しないものである。

(二) 勧誘回避義務違反の主張について

(1) 破産会社が、自社株の買付けないし売付けを勧誘することは、何ら規制されていなかった。

(2) Aの本件勧誘は、新聞記事(乙五、六、八の1、九ないし一一)を根拠とするもので、インサイダー情報を開示してのものではない。そして、証券会社の外務員が、その所属会社の上場株式の取引を勧誘することについて、インサイダー情報ではない一般的情報に基づくものである限り、義務の衝突や投資判断への著しい影響という問題はない。

(3) Aが、破産会社の命令によって山一株の買付勧誘をしたことはないし、破産会社が従業員に対し、買い支えの指示を出したこともない。なお、社内調査報告書(乙三)記載のような事実について、破産会社の役員が公表前に従業員に漏らすこと自体、インサイダー情報になる。

(4) 破産会社が窮状に陥っても、「大蔵省も富士銀行も破産会社をまさか潰すまい。」というのが、破産会社の従業員も含めた大方の見方であった。

2  争点2(本件勧誘は断定的判断の提供に当たり違法であるか)について

(原告の主張)

(一) Aは、原告に対し、「現在、株価は九一円だが、夕方には政府の金融支援が発表され、それにより株価は一〇四円まで高騰し、取引はストップ高になるはずである。その後更に株価は上昇するので相当の利益が見込める。利益に対する確定申告のことも考えておいてもらわないといけない。私も自社株でこんなに利益を得られるようになるとは思っていなかった。こういうチャンスは滅多にあるものではない。私も二、三日前に購入した。今回は通常の株取引とは状況が違う。」と言って本件勧誘をした。その際、Aから、本件取引にともなうリスクに関する説明は一切なかった。

(二) 原告は、投機的傾向を持たない一般投資家である。一般投資家への自社株勧誘は原則として回避されるべきものであり、特に本件勧誘時の状況からすれば、厳に慎むべきであったことは、右1(原告の主張)(二)記載のとおりである。

しかし、Aは、破産会社の外務員全員の責務と言うべき右義務に違反した上、何らの根拠のない政府の支援に関する情報を初め、特別かつ確実な情報の提供であることを明示した執拗な勧誘を行い、更に、信用取引を利用して何ら入金行為を行う必要のない状況を作出して、即日取引を行わしめた。このようなAの本件勧誘行為は、断定的判断の提供に当たるとともに、虚偽又は誤解を生じせしめる表示(証取法五〇条一項六号、証券会社の健全性の準則等に関する省令二条一号)に該当し、違法であるから、被告は使用者責任を負う。

(被告の主張)

Aは、右原告主張のような文言で勧誘はしていない。また、Aは、本件勧誘の際、破産会社倒産の高いリスクを原告に表示しており、原告は、破産会社倒産のリスクを加味した上で、本件取引を行ったものである。

3  争点3(損害)について

(原告の主張)

原告は、違法な本件勧誘により、次のとおり、合計九八四万三七五五円の損害を受けた。

(一) 本件取引による損害 八九四万三七五五円

原告は、前記一5のとおり、破産会社に対し八九四万三七五五円を支払い、山一株一〇万株を取得することによって、本件取引を決済した。右株式は現在無価値である。

したがって、右支出金が原告の損害となる。

(二) 弁護士費用 九〇万円

(被告の主張)

原告は、山一株一〇万株の株券を所有しており、買付代金額が損失となるかどうか確定し得ない。

第三当裁判所の判断

一  前記争いのない事実及び証拠(甲一ないし二四、乙一ないし二九、証人A、原告本人及び弁論の全趣旨)によれば、次の各事実が認められる。

1(一)  原告は、a大学電子工学科を卒業後、○○の総合代理店である株式会社bで勤務し、主に工業計器及び自動制御機器の販売の営業を担当していた。原告は、平成七年ころ、右会社を退職し、平成九年当時は、cの店舗でアルバイトとして勤務していた。現在は、建築関係業であるd社という会社で勤務し、総務的な仕事に従事している。

(二)  原告の従前の取引等

(1) 原告が大津市店で取引を開始する以前、原告の妻が大和証券で証券取引を行ってはいたものの、原告はこれに関与せず、相談等を受けることもなく、投資経験を有していなかった。

平成四年ころ、原告の勤務先に、当時の破産会社の従業員であるBが訪れ、原告に対し、飛び込みで取引の勧誘をした。原告は、主に貯蓄を目的とする堅実な取引を指向し、元本保証の利回りの良い債券を中心として取引を開始した。原告の取引の資金源は、郵便貯金や定期貯金であった。

取引開始後の原告と破産会社との取引は、当初は債券、転換社債が中心であったが、原告は、Bから勧誘されて、平成六年三月ころ、投資信託の取引を行い、以後、数回投資信託の取引を行った。原告は、B及びAに対し、堅実な取引を指向する旨告げるのみで、自ら具体的な商品を指定することはなく、概ね、B及びAが勧誘する商品を検討して、取引を行うか否かを決定していた。

(2) 原告は、平成九年一一月、右投資信託で生じた損失を取り戻すためということで、Aから勧誘され、株式信用取引を利用したツイン売買という取引を行った。ツイン売買とは、同一業種の二つの銘柄につき信用取引の買い建てと売り建てを行い、六か月後の決済期限までに双方を同時手仕舞いして、差益を取るというものであって、過去の実績からして通常の信用取引に比してリスクの小さい堅い取引方法であるという説明であった。そこで、原告は、信用取引口座を開設した上、一一月一〇日、信用取引にて積水ハウス株一万株の売り建てと大和ハウス工業株一万株の買い建てを行った。

(3) 一一月二〇日付けの原告が日ごろ購読している産経新聞には、「山一証券最大の正念場」との大見出しの下に、破産会社は経営不振が続いて株価が急落して額面の五〇円に迫り、最近倒産した三洋証券、北海道拓殖銀行や中堅ゼネコンと同様に、破産会社も企業が当座の資金を調達する短期金融市場で資金を借り入れることができなくなり、決済不能に陥る可能性があり、主力銀行の富士銀行に資金面での支援を求めたが、創業以来の正念場を迎えており、時間との戦いになってきたとの記事が掲載された。また、その記事のすぐ横には、日本証券業協会が、証券会社の破たんに備えて、寄託証券補償基金への公的資金の支援を期待したとの記事が掲載されていて、更にその記事の横には、「都銀の破たん」、「公的資金導入」、「大蔵受け身の姿勢」といった見出しの記事が掲載されている。なお、破産会社は従前から「飛ばし」及び簿外債務の存在について一貫して真実に反する否定を続けていたことから、Aを含めて破産会社の社員は破産会社が当時の経営危機を乗り切ることができると信じ、破産会社の当時の株価が破産会社の実態に比して低すぎるとの認識を有しており、大津支店において、Aを含めて破産会社の社員の内でこのころ破産会社の株式を購入していた者は、三、四割りに上っていた。

(三)  本件勧誘の状況

(1) Aは、原告の前記損害を埋め合わそうと考えて、一一月二一日午前一一時ころ、原告の携帯電話に電話をかけ、山一株の購入を勧誘した。原告は、その時、自動車を運転中であり、詳細に話ができない状態であったため、Aに対し、再度電話をかけるように伝えて、一旦電話を切った。

(2) Aは、程なく再度、原告に対して電話をかけ、「山一株を買いませんか。現在株価は九一円だが、夕方には政府の金融支援が発表されることになり、株価は一四〇円まで高騰し、ストップ高となる。利益に対する確定申告のことも考えておかなければいけない。今回は、通常の状況の取引とは異なる。こういうチャンスは滅多にあるものではない。夕方に支援策が発表される都合でそれまでに結論を出さないと意味がない。信用取引であれば、原告が破産会社に預託している証券を担保にして購入でき、新たにお金を払う必要はないので、信用取引で一〇万株購入されませんか。」と言って、山一株を一〇万株購入するように強く勧誘した。原告は、Aに対し、「そんな良い情報をくれるのであれば、Aさん自身も買われたらどうですか。」と言ったところ、Aは、「実は、私も数日前に社内融資を受けて購入した。私達社員は半年は売却できない。」と答えた。

原告は、突然の話であり、また、金額も大きく、もともと堅実な取引を望んでおり、ツイン売買以外に信用取引を行うつもりはなかったことから、即断できず、「少し考えさせて下さい。」と言って、一旦電話を切った。

(3) 原告は、同日正午過ぎころ、Aに対して電話をかけ、まだ迷っていることを告げ、先刻のAの言葉を一つ一つ確認し、念押しをした。その際、Aは、右(2)のとおりの発言を繰り返した上、今回は通常の場合と異なる旨強調した。その際、原告が絶対大丈夫なのかと問うたところ、Aは、株であるから絶対ということはあり得ない旨答えた。原告は、「一〇万株は多いので、もっと少なくても良いか。」と尋ねたところ、Aは、「一四〇円のところに『マド』があり、一〇万株の方が効果は大きいので、一〇万株買っておいた方が良い。」と答えた。

原告は、右やりとりの結果、山一株の購入を決意し、本件取引を行った。なお、原告は、本件取引の際は一日中営業で外回りの仕事をしており、資料等を参考にすることなく、Aが破産会社に関する特別な社内情報を提供してくれているものと考えて、Aの提供する情報のみに基づいて決断した。

(4) Aは、本件勧誘に先立ち、大津支店内の上司から、二一日の夕方に、政府又は銀行の支援策が発表されるとの話を聞いていた。

(四)  Aは、同日午後、山一株の株価が一株一〇〇円を超えたため、原告に対して三回ほど電話をかけて、株価の動向等につき報告した。原告は、その際、Aに対して、売却すべきかどうか相談したところ、Aは、「予想どおり上がっている。まだ値上がりしそうなので、翌週以降に売却するのはどうか。」と提案し、原告はそれに従った。

(五)  翌二二日、各報道機関が破産会社の破綻と自主廃業について大々的に報道したため、原告がAに対し電話をかけて、今後のことについて相談したものの、大津支店内は混乱した状況にあったため、十分な対応が得られなかった。原告は、当時、ツイン売買や投資信託などの取引を行っており、証券等を預託していたが、本件取引の際の担保に供していたことから、即座に返還してもらえない状況にあった。

(六)  原告は、平成九年の年末ころ、原告代理人弁護士に相談したところ、原告の破産会社との間の取引のうち、処分できるものは処分した上で、本件取引の処理をすることにした。原告は、本件訴訟を提起するとともに、破産会社に対し、本件取引の決裁を行わないように申し入れていたが、破産会社から、画一的処理の必要のため、右のような処理をすることはできない旨の回答を受けた。

そこで、原告は、決済期限も近づいたことから、一方的に破産会社によって、本件取引の担保に供されている預託証券を強制処分されることを避けるため、原告代理人と相談の上で八九四万三七五五円を支出して本件取引を決済し、山一株一〇万株を引き取った。右決裁の受渡し処理は、平成一〇年五月二一日に行われた。右山一株は現在無価値である。

2  被告は、前項(三)の認定に対して、株価の高騰については可能性の問題として話しただけであり、また、破産会社の倒産及び信用取引に伴う高いリスクについても説明して勧誘した旨主張し、Aの証言中にも、これに副う部分がある。

しかし、前項認定の原告の属性及び取引経験からすると、原告は、主に貯蓄の目的で安定性の高い投資を指向する投資家であるところ、本件取引は、倒産の危険性の高い破産会社の株式を信用取引で購入するという投機的な取引であり、原告の右性質からして異質なものである上、原告は、本件勧誘の際、一旦、一〇万株は多すぎると難色を示し、もっと少量の取引を希望したにもかかわらず、本件勧誘の結果、結局Aの勧誘どおり一〇万株の取引を行った点からすれば、本件勧誘の際、単なる可能性を述べるに止まる情報を提供されたのみで、確実な裏付けもなしに一〇万株もの株式を信用取引するとは考えがたいこと、右のように安全志向の原告が、本件取引後山一株が一〇〇円程度にまで高騰した段階において、十分利益が得られたにもかかわらず、Aと相談の上、一四〇円までの高騰を期待して決済を行わなかったことからすると、単なる可能性の告知にとどまらず、一四〇円程度にまで高騰するとの相当程度確実な情報を提供されていたと推認されること、他方、Aは、本件勧誘当時、破産会社からの誤った情報に基づくその相場観から、山一株の株価が反発し、一四〇円近くにまで高騰すると確信しており、破産会社が破たんするとは全く予想しておらず、かえって、本件勧誘前日には、報道機関により破産会社が銀行に支援要請をしている旨報道され、さらに、本件勧誘当日には事前に、大津支店内部において、上司から、夕方には破産会社に対する政府の金融支援がなされる旨の情報を得ていたことからして、山一株が高騰することについて確信を抱いていたものであって、原告に対して、確定的な口調で本件勧誘を行ったと考えてもなんら不自然ではないこと、さらに、Aは、その証人尋問において、原告に対する政府の金融支援についての説明に関して、「その可能性が高いというような感じで言ったような気がしますね。」と証言し、また、危険性の説明についても、「その辺ちょっと覚えていないですね。」と証言するなど、その証言内容に曖昧な部分も見受けられること(A証人調書六四頁ないし六六頁)からすると、反対趣旨の原告本人供述に照らして、右Aの証言はたやすく採用することができない。

したがって、被告の右主張は採用することができない。

二  争点1についての判断はしばらく措き、右認定事実を前提として、本件勧誘が断定的判断の提供に当たる違法なものか否か(争点2―選択的主張)について、まず検討する。

1  およそ証券取引は、本来的に危険を伴う取引であって、市場価格の変動を確実に予想することは不可能であり、証券会社が顧客に提供する情報等も、不確定的要素を含む将来の見通しにとどまるものであるから、投資家が証券取引を行う際には、投資家自身において、当該取引の危険性とその危険に耐えるだけの相当の財産的基礎を有するかどうかを自らの判断において行うべきものである(いわゆる自己責任の原則)。

しかし、右自己責任の原則が証券会社の行う投資勧誘がいかなるものであっても良いことを意味するものではなく、証券会社が証券取引に関する専門家として豊富な知識、経験等を有し、一般投資家の多数がこのような証券会社の助言等を信頼して証券取引を行うという現状に鑑みれば、証券会社の助言等を信頼して証券取引を行う投資家の保護が図られるべきことはいうまでもない。

このようなところから、証取法五〇条一項六号、新証取法四二条一項一号、一五七条二号等が、証券会社等による断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示等を禁止して、投資者の保護を図っているということができる。

もとより、これらの法令は、公法上の取締法規としての性質をもつものに過ぎないから、これらの定めに違背した証券会社の顧客に対する投資勧誘等が私法上も直ちに違法となって、債務不履行又は不法行為を構成するものではないことはいうまでもないが、右に述べた証券取引の特質と右法令等の趣旨をあわせ鑑みると、証券会社やその使用人は、投資者に投資商品を勧誘する場合には、虚偽の情報又は断定的判断等を提供するなどして、投資家が当該取引に伴う危険性等について正当な認識を妨げるようなことをすることを回避すべき注意義務があるのであり、証券会社又はその使用人がこれに違背したときは、投資家の職業、年齢、財産及び投資経験、その他の当該取引がなされた具体的状況の如何によっては、違法に投資勧誘を行ったものとして、私法上も違法となり、債務不履行又は不法行為を構成するというべきである。

2  これを本件について見るに、前記一認定事実によれば、Aは、破産会社に対する政府の金融支援が発表されることになったとの真実に反する事実を述べたものであり、業績が悪化し、経営に関する不安が高まっている会社に政府が金融支援するとなれば、それは株価の高騰を予測させる大きな要因であるから、その旨の情報は株式取引において非常に誘惑的な価値を有するものであり、かかる情報を、破産会社大津支店の証券貯蓄課課長であったAが、わざわざ当時積極的に株式の取引を行っていなかった原告の携帯電話に架電して勧誘したこと、Aは、株価の動向につき『マド』という専門用語を使用して根拠を示した上、具体的な一四〇円というほぼストップ高に相当する金額をあげ、さらに、利益に対する確定申告の必要性を告げるなど、株価の高騰が確実であると思わせる文言を用いていること、A自身も破産会社の社内融資を受けて山一株を購入した旨述べ、原告の不安を和らげていること、Aは、本件勧誘を通じて一貫して、通常の取引とは状況が異なる旨を強調していたことに加え、前記認定の原告の属性及び投資経験を総合すれば、たとえAが一般論として株価の動向に絶対ということはあり得ない旨原告に告げたとしても、Aの提供した情報は、原告に山一株の高騰は間違いないと確信させるに十分なものであり、本件勧誘は、原告の自由な投資判断の形成を妨げる断定的判断の提供に当たるものであって、社会的相当性を逸脱した違法なものというべきである。

3  Aの本件勧誘が破産会社の業務の執行につきなされたものであることは明らかであるから、破産会社はその使用者として民法七一五条一項本文により、原告がAの不法行為によって被った損害を賠償すべき義務を負う。

三  争点3(損害)について

前記一1(六)認定のとおり、原告は、本件勧誘によって購入した山一株一〇万株を八九四万三七五五円で引き取ったところ、現在、右株式は無価値であるから、原告が支出した八九四万三七五五円が原告の損害となる。

四  過失相殺等

1  前記認定によれば、原告は、大学を卒業後、電気機器の販売の営業に従事するなど、ある程度の社会的、経済的な知識、経験を有する者であり、また、本件取引に至るまでにも比較的リスクの高い投資信託を行うなど投資経験も一応有していたこと、原告は、本件勧誘の際、Aから株に絶対ということはない旨告げられたばかりか、本件勧誘以前に、各報道機関により破産会社の経営不安が報道されていた状況からすれば、原告としては、Aの提供する情報が必ずしも確実なものではないことを認識し、その情報や株価の動向の予測につき相当の注意を払うことが十分可能であり、またそうすべきであったにもかかわらず、その他の資料等を参照することもなく電話による勧誘のみによって、短期間のうちに安易にAの提供する情報を信用したものであって、原告の投資判断にもある程度の不注意があったといわざるを得ないこと、原告は、本件勧誘後、Aから山一株の高騰についての情報を得ながらも、より一層の高騰を目論み、決済を行わなかったのであって、その段階で決済をしていれば、損失を被ることはなかったことからして、本件損害の発生及び拡大については、原告にもある程度の過失があったものというべきであり、その他本件に顕れた一切の事情を考慮して、その過失割合はおよそ三割であると解するのが相当である。

したがって、破産会社が原告に対して負担する債務額は、右四記載の損害額から前項の過失割合額を控除した六二六万〇六二八円(円未満切り捨て)となる。

2  そして、本件訴訟の事案の難易、訴訟物の価額、その他諸般の事情を斟酌すると、Aの勧誘行為と相当因果関係にある弁護士費用としては、六〇万円をもって相当と判断するので、右との合計六八六万〇六二八円とこれに対する平成一〇年五月二二日(本件取引による損失確定の日の翌日)から平成一一年六月一日までの遅延損害三五万三三六九円が賠償すべき損害となる。

五  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、本件における原告の請求は主文の限度で理由があり、その余は理由がない。

(裁判長裁判官 坂本倫城 裁判官 増森珠美 裁判官 加藤陽)

<以下省略>

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